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お神輿も西日本最大級!? はじめての「川渡り神幸祭」入門。

2025.05.05

知っているようで知らない「川渡り神幸祭」は「そもそも何のお祭りなのか」の話。

田川・伊田を語る上で欠かせないのが、毎年5月に開催される「川渡り神幸祭」だ。毎年20万人以上の人が訪れる、田川の象徴ともいえる一大イベント。



福岡県5大祭りのひとつで、県指定無形民俗文化財第一号。約500年の歴史を持ち、2基の神輿と山笠11台が彦山川を渡る壮観なお祭り。


筆者は数回訪れたことがあるものの、恥ずかしながら「何をしているお祭りなのか」を知らずに漠然と楽しんでいた。そこで今回、弊誌が長年お世話になっている〈総合石油〉代表で、〈みこしをかつぐ会〉副会長も務めている村上さんに基本を教えていただいた。




写真中央が〈みこしを担ぐ会〉の副会長でもある村上さん


「大まかには、風治八幡宮の神様を神輿にのせて御旅所まで1泊2日の旅に出て、山笠がそのお供をする…というストーリーのお祭り。見どころは無数にあるけど、祭りの中心といえる大神輿にはぜひ注目してほしいですね」。



神事なので、メインは神様を載せて旅をしているお神輿。約60人で担ぎ、総員は100人ほど。川に入るとさらに重みを増すそう。





数も多く、きらびやかな山笠。各地区から集い、前後の車輪を浮かせて揺する「がぶり」は迫力満点。フィナーレの山笠競演会が最大の見どころでもある。



思い返せば山笠ばかりを目で追っていたので、さっそく有り難い基礎知識。お神輿は西日本最大級の大きさを誇り、炭坑閉山期に人口が急減した数年間のみ台車で引かれていたが「みこしを担ぎ上げ、田川活性化のための起爆剤にするんだ」と青年会議所を中心に会が結成され、以来50年に渡り担がれ続けているそう。



 

風治八幡宮で、実際にお神輿を見せていただきつつ「どんなお祭りなのか」を深堀り。

続いて「川渡り神幸祭のことは風治八幡宮に聞くべし」と村上さんの勧めもあり、伊田特集の前編でもお世話になった権禰宜 瀬戸さんを再訪。


「祭りの発祥は永禄年間(室町時代)。伊田村で疫病が流行った時に、風治八幡宮に祈祷すると瞬く間に収束したので、神様の力はすごい! と湧きたち、その感謝御礼のためのお祭りなんです」。

疫病を鎮めた感謝…というルーツは令和を生きる私たちも想像しやすい(コロナ禍が祈祷で一瞬で収まったとかのインパクトなのかな〜とか)。



普段、お神輿は境内にある旧三井炭坑の取水塔に保管されています。


「風治八幡宮の大神輿は、西日本最大級といわれていて、毎年動くもののなかでは日本一の大きさを誇ります」
大正9年、京都で制作された60人舁きの大神輿は重さ約2トン。炭都・田川の象徴でもあり、炭坑閉山期の数年間とコロナ禍で中止になった4年間を除き、毎年担がれ続けているそう。風治八幡宮の度々の火災も逃れ、2009年に大改修を行い、装飾も一層豪華になった。



「風治八幡宮のお神輿は、田川の象徴でもあります。お神輿を担ぐことは、地域そのものを担ぐようなものです」と瀬戸さん。田川のご出身で、すごくわかりやすく祭りのルーツやお神輿のことを教えてくださりました。
 

他にも「川に入るのは、穢れを流すため」や「神幸祭の1時間前に行われる例大祭が風治八幡宮で最も重要なお祭り」であること、本殿の火災焼失時も無事だったお神輿を担ぐことは「地域そのものを担ぐようなもの」との金言も。


知れば知るほど深く、物語に満ちた川渡り神幸祭。風治八幡宮や川渡り青年友志会のウェブサイトに山笠の解説などもあるので、ぜひ一読して当日を楽しみに待とう。



※本記事に掲載している神幸祭当日の写真は風治八幡宮よりご提供いただきました



2025年の開催は5月17・18日!
川渡り神幸祭 総合案内
 

この記事を書いた人

ババケンタ

チクスキ(推定)4代目編集長です。田川・猪国に暮らしています。長崎〜北九州〜岡山〜東京を経て田川に移住しました。学生時代は小倉競馬場がキャンパスの眼の前にあったにも関わらず、公営ギャンブルの類には一切手を出さなかったという強靭なメンタルを持ち合わせています。

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